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第17回 日本語大賞 一般の部 『優秀賞』 受賞報告
2026-02-01
小さな車輪で見た世界
私は車椅子で生活をしている。生まれつきだ。外へ出るときは、行き先より先に「行けるかどうか」を考える。段差はないか、通れる幅はあるか、使えるトイレはあるか。世の中は思っているよりずっと凸凹している。
その日も、駅のホームで立ち止まっていた。エレベーターが見当たらず、案内表示もわかりにくい。少し焦りながら周囲を見回していたけれど、誰も気づいていない様子だった。
そのとき、低い声が聞こえた。
「どこ行きたいんや」
振り向くと、黒い服を着た、刺青を入れた優しい青年が立っていた。正直、少し身構えてしまった。関わらないほうがいい人かもしれない、とどこかで思っていたからだ。
「エレベーターを探していて‥‥‥」
そう言うと、その青年は何も言わず、すっと歩き出した。「こっちや」とだけ言って、迷いなく進む。私は後をついていった。
エレベーターの前まで来ると、ボタンを押して、「ここや」と一言。扉が開くまで、隣で黙って立っていてくれた。
「気ぃつけてな」
それだけ言って、その青年は去っていった。
ほんの数分の出来事だった。けれど、私はしばらく動けなかった。怖いと思っていた人に、こんなにも自然に助けられたことが、胸に残った。
人は見た目だけではわからない。そう聞いたことはあったけれど、そのとき初めて本当に実感した。優しさに、姿や肩書きは関係ないのだと。
車椅子で生活していると、たくさんの段差に出会う。でも同時に、思いがけない優しさにも出会う。その中には、自分の思い込みを壊してくれる出来事もある。
あの日、青年に案内してもらったエレベーターは、ただの移動手段ではなかった。私の中の「決めつけ」という段差を、しずかになくしてくれた時間だった。
小さな車輪で移動しながら、私はいろいろな景色を見てきた。不便さだけでなく、人の温かさや、思い込みがほどける瞬間も見てきた。
だから私は、これを書き残したいと思った。小さな車輪で見た世界を、ことばに刻むために。
令和8年1月吉日
NPO法人 日本語検定委員会
日本語大賞係






